【J.M.Weston】ウエストンにありがちな『音なり現象』

これまで何件もご相談いただいたのが、「Westonが音なりする」というお悩みです。
「音なり」とは、歩くたびに「ギュウギュウ」「キュッキュッ」といった音が発生する症状のこと。
原因はいくつかありますが、革靴の場合はソール内部の摩擦や軋みによって発生しているパターンが多くあります。
ソールは歩くたびに曲げられ、体重によって力が加わります。その際、ソールを構成するパーツ同士がわずかに動き、摩擦することで音が発生します。
●音なりに対する認知のズレ
実はこの「鳴る」という現象、かつては必ずしも悪いものとは考えられていませんでした。
靴底を糸で縫って留めるハンドソーンやグッドイヤー製法の靴では、歩くたびに音が鳴ることがあり、昔はそれを「伝統的な技法で仕立てられた革靴の証」と捉える向きもあったようです。
なかには「鳴り革」と呼ばれるパーツをわざわざ内蔵し、音が鳴りやすいように作られた靴も存在しました。
『歩くたびに革靴を鳴らして練り歩くことが「粋」とされた時代があった』事を、浅草の長老的職人さん方から直接伺った事もあります。
しかし、大量消費時代以降、状況は変わっていきます。
セメント製法、いわゆるボンド付けの靴が広く普及すると、ソール内部まで接着剤で固定されるため、摩擦や軋みによる音なりは起こりにくくなりました。
鳴らない革靴が当たり前になり、鳴る靴に対して違和感を抱く世代が増え始めます。
一方で、接着剤で強固に固定された靴は分解が難しく、修理の際にはデメリットとなる事実は、革靴の消費者に対して周知されたとは言い難い状況です。
「鳴る靴=良い靴」という価値観もいつしか薄れ、現代となっては音なりはクレームにつながりうる現象になりました。
そんな中でもJ.M. Westonには、比較的音なりが発生しやすい傾向があります。
今回は、その原因を探るため、実際にお預かりした「ゴルフ」を分解してみました。
●「音なり」の原因
J.M. Westonのゴルフは、足元を大きく分けると、
・アウトソール
・ミッドソール
・ウェルトおよびフィラー
という構成になっています。



アウトソールとミッドソールを分解したところ、気になる部分が見つかりました。
特に注目したいのが、体重のかかる前足部分です。


表面がツルツル、テカテカになっています。
これは荷重によって革の繊維が圧縮され、表面が平滑になった状態です。
歩行のたびに繰り返し屈曲することで摩擦音が発生していたと見られます。
今回の音なりは、ここが原因でした。
●ソールの構造
ここで重要になるのが、Westonのソールの仕立て方です。
一般的に、革底を接着する場合は、アウトソールの接着面をバフィング(やすりがけ)して表面を荒らし、接着剤の食いつきを良くする工程を行います。
ところがWestonのアウトソールには、そのような加工がほとんど見られません。

このことからも、接着剤によって各層を完全に固定するというより、底縫いを主体としてソールを構築していることがうかがえます。
音なりという一点だけを見れば、これは不利に働くことがあります。
しかし、靴全体の構造として考えると、必ずしも悪いことではありません。
接着剤で各層を完全に固定しないことで、ソールが屈曲した際に生じる内側と外側の移動量の差を逃がすことができます。
いわゆる「返り」の良さにつながる要素の一つとも考えられます。
また、修理時にも有利に作用します。
底縫いの糸を外せばソールを無理なく分解できるため、アッパーや芯材に無用な負担をかけずに修理することができるからです。
つまり、
「音が鳴りやすい構造」=「悪い構造」
とは限りません。
靴としての運動性や、将来的な修理まで考えた結果として、このような構造になっているとも考えられます。
●ソールの変更
とはいえ、現代の生活では、歩くたびにギュウギュウ音がすることを気にされる方も少なくありません。
個人的には音なりくらい全然気にしないのですが、コンサートや図書館など、静かな場所・配慮が必要な場所へ訪れる場合は、間違いなく履くのをやめます。
今回は、そうした厄介な音なりを解消するため、純正ソールからVIBRAMロンドラソールへ変更しました。





交換後、気になっていた音なりは無事に解消。
さらにお客様からは、
「履き心地が柔らかく、快適になった」
とのフィードバックをいただきました。
音なりを解消することが今回の修理の目的でしたが、結果として履き心地にも変化が生まれました。
もちろんソールの形状やゴム材のレシピも、何もかも違うので変化するのは当然です。
さらにレザーミッドソールは手揉みしてあらかじめ馴染みやすく仕込んだり、クッションに詰めるコルクの粒度や粘度もお店ごとに変わってくるので、あらゆる変化が反映されます。
●一つの要素が、全てに影響を及ぼすわけではない
今回の修理では、音なりという一つの症状を入り口に、Westonのソール構造を分解して観察しました。
音なりの原因となっていたのは、ソール内部で生じていた摩擦。
その背景には、接着剤で各層を完全に固定しないWestonの構造がありました。
しかし、それだけでWestonの履き心地や靴としての性格が決まるわけではありません。
ソールの構造、革の性質、ラバーの特性、屈曲性、摩擦、接着の状態。
さまざまな要素が重なり合って、最終的な「履き心地」や「音なり」といった現象として現れます。
今回、純正ソールからVIBRAMロンドラソールへ変更したことで音なりが解消され、同時に「柔らかく快適になった」という感想をいただけたことも、その一例です。
一つの要素が、全てに影響を及ぼすわけではない。
これは、靴の修理をしているとよく感じることです。
「この素材だからこうなる」
「この製法だからこうなる」
というほど、靴は単純ではありません。
一つの症状を入り口にして、靴全体の構造や素材の特性を見ていく。
そのうえで、その靴がもともと持っている良さをできるだけ残しながら、今の使い方に合わせて調整していく。
今回のWestonの音なりも、そんなことを改めて考えさせてくれる修理事例でした。
YUMA.

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